こんにちは。未完の話しを保存していたファイルから一つなんとか完成させました。突っ込み所満載の不思議話しだし、隊長2人が倒れてどうすのよって感じなんですが、いつものようにぬるい目で読んでいただけたらありがたいです。
コメントを下さったU様ありがとうございます。PC復活記念って事でとにかく新しい話しが出せてよかったですw
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地響きと共に轟いた爆音が耳に届いた瞬間、熱風と共に飛んできた硬い諸々の物が背中に当たった。衝撃が大きすぎて当たっただけなのか、何かが突き刺さっているのか判然としない後藤は、腕の中に抱きこんだしのぶに当たらなくてよかったと安堵した。それどそれもほんの一瞬の後、爆風に身体は飛ばされた。
「隊長っ!」
「早く、救急車をっ!」
馬鹿になっていたらしい耳が聞こえるようになると周りは騒然としていた。鉛のように重いまぶたをなんとか開けて後藤は呆然とする。腕の中に抱え込んで守ったはずのしのぶの頭からだらだらと血が流れている。
「・・・・・・のぶ、さん」かすれて切れ切れの声にしのぶは反応しない。乾いた喉に何度か唾を飲み込んで「しのぶさんっ!」と強い声をかけても同じ。
何人かの人間が、後藤の腕からしのぶを引き剥がそうとするが逆らった。「しのぶさん!しのぶさん!」もう実際に声が出ているのかもわからず後藤は名を呼び続ける。
「隊長っ!南雲隊長を離してくださいっ!」
部下の誰かの耳になじんでいるはずの声は、悲痛さに塗れていてその持ち主を誰かとは認識できない。抵抗むなしく大して力の入らない腕はあっけなくしのぶから引き剥がされ、腕の中からぬくもりが消える。途端に襲ってきた身体の震えは寒さのせいではなく、しのぶを失うかもしれないと言う恐れからだとわかっていた。
担架に乗せられてもピクリとも反応しないしないしのぶの顔は蒼白で、黒髪と血の赤とのコントラストが相まって、場違いなほどに美しかった。
後藤自身も何人かの人間に抱えるように担架に乗せられる。動き出したしのぶを乗せた担架を目で追うとだらりと力のない右手が担架から落ちた。ゆらゆらと揺れる白いその手には、生気など一欠けらさえ感じられず後藤は声なき声で叫んだ。
ああ、誰でもいいから彼女を助けてくれ!
俺の命はいらないから、頼むから彼女の命を助けてくれ!
神でも悪魔でもなんでも、誰でもいいから!
しのぶさんを助けてくれっ!
しのぶの白い手を見つめながら後藤の意識は落ちた。
*
後藤が目を開けるとそこは上も下もない真っ白い世界だった。脳が何かを考えるより先に「やーっとお目覚めですか」と笑いを含んだ軽い声が響く。いきなり目の前に現れた黒髪に黒縁メガネで楽しそうに笑う男はかつて後藤達が追い詰め、自滅して死んだ者だった。
「内海?」
「不正解っ!あんたが私を認識できるようにあんたの記憶の中にあった中で、一番合ってる姿をかりてるだけ。気分はどうだい?」
「えーっと、ここは天国か地獄の入り口だったりするの?」
後藤は意識が途切れる直前、神でも悪魔でもなんでもいいからしのぶを助けて欲しいと願ったことを思い出す。
「あははっ!この状況で取り乱さずにそんな事言う人間はそうはいないよ。うん、早速おもしろいっ!さすがだ見込んだ通りだ!」
内海の姿をした者は、上機嫌で後藤の周りをぐるぐると歩き回りながらぶつぶつとつぶやいている。
「あんたが何者なのか知らないが、しのぶさんは無事なのか?」
後藤の言葉がまるで耳に入っていない様子の男は、ぐるぐる回る速度を益々速めている。
「さーてどうしようかな・・・・・・うーん・・・・・・」
男の速度はどんどん速まり後藤は目で追う事をやめ目を閉じる。色の黒い男の子話しに出てくる虎のようにその内バターにでもなりそうな男は、やはり人間ではなさそうだったが、これが現実なのか自分の妄想なのか夢なのか、判断がつかず、内心でため息をついた。
「そうだ!これに決めたっ!」
声にそろりと目を開けると、立ち止まった男がにいっと口元上げながら、右手の指をパチッと打ち鳴らした。すると後藤の目の前に彫像のように白い顔で、目を閉じている女が2人現れた。1人は南雲しのぶ。そしてもう1人は・・・・・・
「・・・・・・佑子」
呆然と女達を見ている後藤にかまわず男が口を開く。
「すでに逝ってしまった女と今まさに生死の境を彷徨っている女。
どちらでもかまわないから、1人だけ助けてやる」
「なん、だって?」
男の背に黒い羽が見えるような気がした後藤の心を読んだように「俺は神でも悪魔でもなーいよ」と男は笑う。
「けれど、人間であるあんたに俺の存在を説明するのは面倒だし、理解できるとも思わないのでそれはパスね。
ただ俺は人間より高次の存在なんで、人間界で行える行為に不可能な事はない。とは言ってもいろいろ縛りがあっていつでもほいほいできるわけでもない。
でもあんたらから見たら気が遠くなるような時間の中、多少の娯楽は許されてるんだ。あんたは誰でもいいからこっちの女の命を助けて欲しいと願ったよね?そしてかつて同じ強さで、逝ってしまったこちらの女も助けて欲しいと願った事があるだろ?」
男の言葉に後藤はかつて味わった、妻を失った時の痛みや悲しみ、苦しみといった物をまざまざと思い出した。
「どちらか1人の手を取って、そこの穴に飛び込め。そうすればお前とお前の選んだ女は現世に戻れる」
後藤は内海の姿をとっているモノをねめつけた。
「・・・・・・いい趣味してるねぇ、あんた」
「ありがとう。お褒めの言葉として受け取っておくよ」
悪びれず嬉しそうに笑う男から女2人に目を向ける。共に生きていくと誓ったのに失ってしまった女と共に生きては行かれなくても彼女の生き様を見ていたいと焦がれた女。
「なぁ、俺がどうしてもどちらか選べずに1人で穴に飛び込んだらだどうなるの?」
「まぁ、それも運命の選択肢の一つではあるからね。お前だけ現世に戻れるか、その選択のせいで戻れないか、俺は知らないよー」
「じゃあ、両方の手を取って3人で飛び込んだら?」
「ああ、その時は誰も戻れないな。今の穴の設定は「2人」しか戻れないようになってるから3人入ったらそこでゲームオーバー」
「ふーん、やっぱりあんた趣味悪いよ」
ゆっくりと2人の女の前に立ち顔を向けた後藤を男は満面の笑顔で眺めた。見えるはずもない後藤の身の内で吹き荒れている嵐を心底楽しんでいるようなその顔は、舌なめずりでもしそうな愉悦に浸っていた。
男の視線を無視して後藤は2人の女と対峙する。久しく記憶の中でしか会えなくなった女と毎日のように顔を合わせている女。どちらも後藤にとって愛しい者だった。
「決めたのか?」
「ああ」
後藤は両手を伸ばすと2人の手を同時に握った。
「おいっ!連れて行くのは1人だぞ!」
「戻れるのは2人だろ?」
後藤は女の手と手をしっかりと握り合わせると2人を穴に突き飛ばした。
沈む瞬間女達の口元が微かに微笑んだように見えた。
「うわあっ!お前何してるんだっ!」
「ここを通って現世に戻れるのは2人なんだろ?」
「そうだけどお前はどうするんだ!」
「俺はいい。彼女たちがしあわせなら、それでいい。それで充分だ」
後藤は晴れやかに笑った。それを見た男がチッと舌打ちをすると同時に周りの空間に目の眩むような閃光が走り後藤は堪らず腕で庇いながら目を強く瞑った。その中で「あーあ、修復すんのにちょっと手間かかるなぁ」と台詞とは裏腹に楽しそうな声がする。
「お前を現世に帰すのは、変えられない事だった。ただそれに際してちょっと覚悟をしてもらうというか、残りの人生考えてもらうためのテストをしたら楽しそうだと思ったんだけどねぇ。ま、想定外の答えを出してくれたんだから当初の予測は達成したか・・・・・・」
男は一人ぶつぶつとしゃべる。
「それじゃあしのぶさんが生死の境を彷徨ってるって言うのも、佑子が生まれ変われるって言うのも嘘だったのか?」
益々強くなっている光に歯を食いしばりながら後藤はため息をついた。
「嘘じゃないさ。亡くした女を選べばその人生をやり直せたし、今心惹かれてる女を選べば見てるだけでいいなんてぬるい考えが変わるだろう?お前の中で一番恐れている事と叶わない願いを天秤にかけたわけだ」
後藤は自分の身体が段々と融けて行くのを感じたが痛みはなかった。
「なんにしても俺の想定外の行動をした人間はあんたが初めてだ。実に面白かったよ」
「待ってくれ、じゃあ結局しのぶさんはどうなるんだ?」
後藤は声が出ているのかもわからなかったが必死に叫んだ。
「人生はケセラセラ、ってね」
笑いを含んだ男の声が響く。ケセラセラ、なるようになるさ。その言葉を聞いた途端に身体すべてが消えたのがわかったが、なぜか意識はあった。
後藤は男の言葉を考える。自分が佑子を選べば2人の人生をやり直せたのだと言った。しのぶを選べば、人生いつどうなるかなんてわかったもんじゃないと実感して、見ているだけでいいなんてぬるい考えから抜けられるだろうとも。
佑子を失って死ぬほど後悔し、自棄になって生きていた時にしのぶに出会って救われた。どんなに後悔しても死は覆せない。頭ではわかっていたが、過去に捕らわれてその事だけに気を取られ、その気持ちでしか世界が見えなかった自分をしのぶはその生き様によって救ってくれた。なるようにしかならない世界なら、なるようになると言う世界に変えればいいと思わせてくれた。
自分の気持ちが、そして意思こそが物事に意味を与えるのであり、自分の信念こそが、自分の世界における時間と物事なのだと埋立地での生活が教えてくれた。
後藤は自分の考えに笑う。自分は佑子を愛していたし、今でも愛しいと思ってはいるが、その気持ちはすでに過去の物としての優しい思い出となっていたのだ。薄情なようだがそう思えている自分が誇らしかったりするし、佑子もそんな自分を褒めてくれるだろうと思った。
過ぎたことも先のこともくよくよ考えないで、おおらかに構えてほんの少し前向きな気持ちであれば、そう信じたように世界は見えてくる。なっていく。
「俺はしのぶさんと生きて行きたい」
そう強く思った後藤は、かつて愛した女の優しい笑い声を確かに聞いた。このあと自分が目を覚ました世界にしのぶはちゃんと生きて存在しているだろう。それなら自分のする事は決まっている。
そう簡単に受け入れてもらえるとは思えないが、自分は決してあきらめる事無く愛を乞い続けるのだ。一生かかったとてかまわない。
それはただ見ているだけの人生より、しあわせだと思えるから。
(終)
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